八代おもしろすぎ-その2

今度は川から離れた道を通って駅に戻ります。
なるほど、この辺は飲み屋街の裏手に位置して、川べりに料亭や仕出屋が集中しております。
こんな朝早くではなく、夜に来ると面白そうだと思って歩いていると、ものすごい物件に出くわしました。

キャバレー白馬

なんか、今にも小林旭がギターを抱えて出てきそうであります。
よくよく調べてみるとこの「白馬」というキャバレー、日本で唯一ダンスホールが残るキャバレーではないかという噂。
もしそうであるならば、ぜひ文化遺産として残していただきたいものです。

駅まで戻って八代神社(妙見宮)までのバスに乗ったつもりが、八代宮(八代城跡)に着いちゃいました。
慌てて駅に戻るバスに乗り、今度は駅からタクシーで八代神社に向かいます。
ところが、タクシーが走リ出した方向は八代宮へと向かう道のようであります。
運転手さんに確かめると「あ、妙見宮のほうでしたか」とのこと。
地元では妙見さんとも呼ばれていて、明治時代に改称された八代神社の名で呼ぶことはめったにないようです。
鳥居にも妙見宮って書いてあるしね。

八代神社(妙見宮)

O塚氏に依頼された八代でのミッションはこれで完了。

大急ぎで熊本に戻り「EVフェスティバル九州 in くまもと」を見学。
表彰式終了後、大荷物を宅急便で東京に送り返し、こんどは熊本城へと向かいます。
なんとか閉門30分前に到着し、日が落ちるまでに天守閣から江津湖方面を望む写真を撮り終えました。
右側の熊本城修復工事の仮屋根がないと良かったんですが、しかたがありません。

熊本城天守閣から江津湖方面を望む

とりあえず熊本市内でのミッションはこれで完了ですが明日の準備のため、あらかじめネットで情報を得ていた「熊本県内綜合時刻表」を入手せねばなりません。

八代おもしろすぎ?その1

池田@ZDPです。
ちょっと間の話になりますが、10月8日に熊本で開かれた「EVフェスティバル九州 in くまもと」を見学するついでに『邪馬台国への旅』の取材に行ってきました。
O塚氏の「河童渡来之碑」と「八代神社(妙見宮)」の写真を撮ってきて欲しいとのリクエストに、眠い目をこすりながら始発電車にゆられて熊本から八代に移動。
「ただの石碑がおもしろいわけね?だろ」と思いながらも八代駅から前川沿いに現場へと歩いていくと……。
川エビ料理を食べさせる料亭とか、ラブホテルや怪しげなサウナ風呂などが点在しております。
現場手前には学校の倉庫のように石膏像や天体望遠鏡が窓ガラス越しに見える謎の建物(あとで調べたらリサイクルショップでした)。
周辺の不思議な雰囲気で気分はハイになっており、目にするものすべて怪しく見えてきます。
そんなこんなで20分ほど歩いて現場に着いてみますと、現場は河童だらけでございます。

河童九千坊音頭の作曲は市川昭介天女と河童

河童の好物は夏みかん
(店の前を掃除していた寿司屋の大将もいい味をだしております)

巨大河童

しかし、住宅街に巨大河童というのはかな?りインパクトがありますね。
近所のヒトは家は河童の角を曲がって三件目とかいうのでありましょうか。

河童渡来之碑碑の説明文

さて肝心の河童渡来之碑をデジカメに収め、次の目的地へと向かうのであります。

『うらら』5号制作中です。


さいとうです。
写真サイズ大きすぎですね。。

今年ものこり10日程になりました。
雪はまだ降らないのでしょうか。
実家がある鳥取では昨日初雪が降ったそうです。
写真は、友人が撮影した雪です。

現在5号めを制作中の、DECO編集の『うらら』で、
幼なじみの友人のお母さんに取材をしました。
看護婦さんです。
忙しい時間を縫って、編集部に送って下さったFAXには、本当に素敵な文字と文章が
寄せてあって、感動のあまり涙が。
幸せを感じました。

社会人になってからは憎いほど健康ですが、高校時代はクラスで一番欠席数が多かったし、大学時代もカラダを壊していろいろな薬を飲んでいました。
医療にまつわる本や雑誌などに携われたらと思っていたので、『うらら』5号めも頑張ります!

邪馬台国いよいよ発売

約1年がかりになってしまった
『邪馬台国への旅』が今日書店に並びます。

売れるかどうか。とてもドキドキしています。

各方面にいろいろと迷惑もおかけしたのですが、
今回は原稿も書いているので、
自分としてはとても愛着のある本になりました。
(今、一歩引いた視点から改めて読んでみると、
 文章のアラが目立ってくやしい)

邪馬台国というと、ムー大陸なみにうさんくさい
イメージがありますが、
日本という国が文献に現われた最初の例であり、
日本人のルーツを考えるうえで、
とても重要なテーマだと思います。
(なぜ三世紀後半に忽然と姿を消してしまったのだろう?)

個人的には邪馬台国は九州だといいなと思います。
(奈良の大和朝廷に対するアンチテーゼであってほしい)

いずれにせよ、卑弥呼が魏王から賜ったという
「親魏倭王」の金印でも出土しないかぎり、
その位置はわからないでしょう。

今は邪馬台国めぐりが、四国八十八か所めぐり
みたいなブームになることを願っています。

O塚